Masa安藤の「アラスカで独り言」



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2008年の抱負&運命と自由意志についての考察

運命とはあらかじめ決まっていて、自分がどんなことをしても変えることができないのか。自由意志はないのだろうか。

いま旬の古武術家・甲野氏もこのことに言及しているので、いまさらという話題なのだが、実を言うとこれは1935年以降、科学的に明確な答えが出されているらしいのだ。

私は科学者ではないので、間違っているのかもしれないが、アメリカ人科学者カート(クルト)・ゲーデルが1935年に発表した不完全性定理は、理論が不完全であることを証明した、と私は解釈している。これを「宇宙は完全ではないことを証明した」と解釈する人もいるらしいし、そこまで行かずとも「理論が不完全であることの証明」であることは間違いないと思われる。

そんな定理は「私はうそつきだ」が成立しないのだということと同じで、そんなことは1935年よりずっと昔からだれもが知っているわかりきったことではなかったのか・・・・?

まぁ、それはともかくそのゲーデルの定理発表前後に発表された「膨張する宇宙」や「ビッグバン理論」は宇宙が成長途上にあり、依然変化して行っていると唱える。

科学者はこの世の秩序となるべき定理を求めて日夜研究をしている。宇宙には法則があり、一定の秩序の連続と考えられている。それは運命がすでに決められているということともいえるわけだ。

定理とはつまり束縛である。この世界がE=mc2 などある一定の原理に基づいて動いているとしたら、この世には自由など全くなく、すべてその法則=運命に基づいて存在しているということになるのではなかろうか。

しかし宇宙が成長し続けている限り、その法則は一定ではないということにもなりえる。つまり自然の摂理も宇宙の成長・変化に従って変わっていけるはずなのだ。もちろん宇宙の果てで起きている変化がわれわれの日常に影響することはそれほどないのかもしれない、でも目に見えない「ミクロの世界」では影響を受け、常に変化しているかもしれない。そして同じく目に見えない「人の運命」も変化しているのかもしれないのだ。なのであればもしかすると人の自由意志がそこに何らかの影響を与えて、運命自体を変えることができるのではないか。 

そして自由意志によって変えられた運命こそ、やはりあらかじめ定められていた運命でもあるわけだ。つまり運命はあらかた決まっているが、自由意志により変化もする。そしてそれをすべて包括して定められているのが運命なのである、ということになる。

もちろん人間は制約の中でしか生きられない、究極的に自由足りえないのであるから、人間が肉体を持つ生き物である以上、完全に自由になることはできない。

それは自分が空気なしでは生きられないとか、自分の意思で生まれたのではないことや、そのうちに死ぬ運命にあることなど、つまり自分の人生が「時間」や「空間」に制約されているということからだけでもすぐにわかることだ。

さらに「食欲、性欲」などの根源的な欲求や「金銭欲や名誉欲」、さらには「技術を高めたい」、「真理を知りたい」などの抗いがたい願望にも縛られまくっている。そして社会生活を営む上においては、習慣、法律などの制約の中で生きていることも日常感じている(私がそれを最も顕著に感じるのは、誰もいない早朝に私の運転している車だけが交差点で赤信号に停められているときである)。 




武術の形(かた)も動きにおける約束ということから、制約という見方ができる。人の動きを古えより伝わる、極意という一連の決まった動きの中に集約し、それ以外の動きを一切排除する。その動きを自分の動きとして体得し、体が無駄のない武術的動きに質を変え、形の教える究極の動きに変化してゆく。 それができたとき体は、制約された動きの中にありながらも、制約を一切感じず、全く自由に動くことが可能となるという。つまり心と体を厳しく律し修行した結果、その先に真の自由があると言うのだ(「守・破・離」)。

もちろん私を含む世の多くの人たちは究極の動きを自得できない状態なのであるから、自分の意思が自然の摂理と一致せず、動く度に不自然なことが起きて、人生においてもいろいろな不都合が生じる。しかし、それは自由意志と運命が相反しているのではなく、「単に修行が足りない」と考えるのだ。

「運命には抗えないのか」と嘆く前に「自分の未熟さ」を自覚し、反省し、より一層の修行に励むことこそが自由に生きることへの第一歩と思われる。つまり運命という制約の中にあってさえ、自由自在に動く(生きる)ことが可能かどうかは本人次第なのだともおもえる。

無駄のすべてを排除した究極の動きを追求すれば自らの動きはおのずとあるところに集約されてくるのであるから、真に自由な動きとは真に自然な動き、つまり大自然の法則に則った動きということになるわけだ。

つまり「自由意志」と「運命」は相反するものではなく、共にあるべきものであり、「自由自在に動き回ることができる」ということ自体が「運命(法則)に則った動き」ということになると思うのだ。

運命は自由意志と共にあるべきなのだ。それは自分の意思と大自然の摂理に則った動きが一致したときにはじめて可能となる。そして自由意志が運命と共にあるとき、運命は自由意志により変化するのではないか・・・・。

本物の自然の中にいると感覚が研ぎ澄まされてくる。心は澄み渡り、五感は生き生きとよみがえる。心地よい大自然の節理の中にいることを解り、それを何の抵抗もなく受け入れている自分と、より制約から解き放たれて自由になっている自分を同時に感じることができる。 極意に達していないのにも関わらずである。・・・不思議な感覚だ。

そんなことを感じさせてくれる自然がすぐ身近にあるアラスカにいることを今年も感謝して、2008年も修行の年としたい。





ところで人間の運勢を占う学問がある。占星術とか易というものだ。占星術などは宇宙の法則を調べ、動きを計算して作られているようなので、この世のことをある程度予測をすることができるように思われる。 これを運命と呼ばすに運勢と呼ぶのは占いがあくまでも「そうなりやすい傾向にある」ということを述べているだけで、「そうなる」と限っていえないからだろう。

つまりそれは運命が「法則を計算することによりある程度予測可能なもの」と考えられているからであり、しかしそれも「強い意志その他の要素により変化する」と考えられているからに他ならないと思っている。

それはいわば良く当たらない天気予報に似ているのかもしれない。

だからちゃんとした占星術は自分が迷ったときなどは参考にして差し支えないものと思っている。ただそれに頼りすぎると問題がおきてくると思うのだ。

ーーそういえば最近日本で報道されるものには占星術師と単なる霊感を持つ人(霊能者?)を同一視または混同する傾向にあることが気になっている。霊感についてはまだ勉強不足により良くわからないのだが、これらは明らかに内容の異なるものと思われるーー

自分の意思、希望をもっているとき、それをいつ始めたらよいだろうとか、そのほかの迷いがあった時、運勢を知ってより成功しやすい時期を狙うというやり方は賢い方法と思うのだ。しかし運勢を読むものはその限界や自分の能力を知っていて、あくまでも参考意見を述べるだけに留まっているべきであり、それが正しい易者・術者の姿勢なのではないかと思う。これらは裏の世界のものなのであり、もともと表の世界で華々しく活躍するべきものではないはずと思うのだ。

しかしそれはその世界の人たちが表に出てきていることが悪いのではなく、むしろ裏に潜めし異能の者たちを表の世界に担ぎ出し、祭り上げてしまっているわれわれ庶民に責任のほとんどがあるように思えるのだ。

きらびやかな世界で有名になり、ちやほやされることを望むも人生、自分の道をしっかり見極め、自分の未熟さを諌めながら、技術をさらに高いものとするための工夫を一途に重ねてゆくことを望むも人生である。私自身は幸運なことにそういった選択肢はおそらくなく、後者しか行く道はないので、とりあえず道に没頭してきている(そのわりには進歩があまり見られないのだが・・・)。

そんなこともあって2008年は「自分の運命に感謝しつつ修行あるのみ」とする。
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by 814690 | 2008-01-29 13:09

2008年はリニューアルの年

HAIしろくまツアーズ創業12年目にして、ウェブサイトが全面リニューアルされた。

そしてその中にひっそりと隠されていた「独り言」もブログになって世間に公開されることとなった。これはひとえに弊社押しかけスタッフ、小熊のNamiのお陰である。ここに感謝の意を表する。

働かなくても生活できて、「働かない」と家族に宣言していた人から「ここで働かせて欲しい」と熱意のある力のこもった眼差しで懇願されることほど雇用者冥利に尽きることはないのではなかろうか。(弊社の台所事情はさておき)半ば強制的にスタッフの地位を獲得した彼女は新年早々台風の目となっている。今後どんなサプライズがあるのかと考えるともうドキドキだ。

新人の紹介からしてしまったが、弊社の鉄壁手配請負人、小熊のAkkoは冷静沈着&オンタイム。弊社にとってすでになくてはならない存在になっている。

口数は多いが言葉の足りない私の話を、的確且つ簡潔にまとめフォローまでしてくれる明晰な頭脳を所有する彼女は、子育て+家事+仕事をこなすスーパーウーマンだ。がんばれAkko!!

再来週Hawaiiへの引越しが決まっている小熊(?)のAkemiは辛抱強さと根性、そして独特のおとぼけキャラで忙しい夏のオフィス内にその存在感をアピールし続けた。しろくまin Hawaii構想も一瞬脳裏をかすめたが、暑いところでは絶滅の危機に陥るだろうと考え直した次第である。

Last, but not least という言葉があるが、Last for the best というべきであろう天才が弊社には一人いる。スタッフでなく、私のビジネスパートナーでアラスカ経済界の重鎮スコット・ホーキンス氏だ。

アラスカアドベンチャーのスペシャリストを自称する私だが、職人気質の血筋もあり、ビジネスの才能はほとんどない。しかしアンカレジ・デイリーニュースなどから記事を依頼されるほどの経済学者であり、経営コンサルタントでもある彼はビジネスのエキスパートだ。12年前に私と共にしろくま設立を進めながら、同時に自分の会社を設立し、数年で400人を超える従業員の企業に育て上げた強運の大天才である。

急成長、大躍進を続ける彼のビジネスに比べ、バブルやテロの波に翻弄されながら、 Slow but steady、遅くとも着実・堅実を絵に描いたようなしろくまの行く先をきっとやきもきしながら見てくれているのであろう。彼のアドバイスは常に正しく、的確で、いつも迷い続ける私の心に一筋の光を投げかけてくれる。今後とも変わらぬ支援を願っている。

そして私が一番感謝の意をお伝えしたいのが、これまでしろくまを応援し、送客してくださった旅行会社の方々、アラスカをそしてしろくまを応援してくださっているグループのメンバーたち、そしてしろくまでアラスカを訪れてくださった多くの方々と、今年しろくまでアラスカを訪れる予定のあなたです。本当にありがとうございます。

皆さんのアラスカの旅が良いものになるために、今後もより一層の努力を続けてゆきます。

今年もどうぞよろしくお願いします。

しろくまMasa安藤
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by 814690 | 2008-01-13 09:27


アラスカ生活mo30年! アラスカが大好きで、そのアラスカの素晴らしさを一人でも多くの人に知ってもらいたいと願ってやまない男、しろくま代表:Masa安藤のブログです。
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